AIオンライン服薬指導システム

AIによる新たな教育システムで薬剤師のコミュニケーション能力を磨く

学びのコミュニティ 産学連携教育DX

2025年6月、薬学部4年次の必修科目「薬物治療マネジメント」における「AIオンライン服薬指導システム」授業がはじまりました。この授業は、薬学の基礎を身につけた学生たちが患者と触れ、服薬指導におけるコミュニケーション能力を高めるものです。今回は対象となる患者に”AIアバター”を採用したシステムを授業で初めて導入しました。近年飛躍的に進化した生成AIは、教育空間にも大きな変革をもたらしているようです。

OUR PROJECT

PROJECT SUMMARY

どんな教育システム?

薬剤師が患者から必要な情報を聞き取り、最善の薬物療法を提案することを「服薬指導」と呼び、適切な服薬指導を実践するためには高いコミュニケーション能力が必要です。とりわけ、高齢化が進む社会の中でデジタルネイティブである若い世代の薬剤師と高齢者の意思疎通、あるいは生活環境や健康状態、人生経験が異なる患者との円滑なコミュニケーションスキルを体得するためには、場数を踏まなければなりません。

薬学部ではこれまでにもコミュニケーション能力教育に力を注いできましたが、さらなるトレーニング機会提供と質を向上させるために導入したのが「AIオンライン服薬指導システム」です。学生はモニターに映し出された患者役のアバターとリアルな会話を交わした後に学習評価を受け、課題を発見して自らのコミュニケーション能力を高めていきます。このシステムは薬剤師として実務経験を積んだ牛田 誠 准教授と、AI技術により「学びの質」を進化させるエキスパートとして知られる株式会社NTT ExCパートナーとの共創によって開発されたもの。学生たちは時間や場所にとらわれることなく、実践的なトレーニングを積めるようになりました。

WHAT WE LEARNED #01

少々頑固な AI患者「幸男さん」との会話に大苦戦

「ここ数年の生成AIの進化がなければ、モニター上でこれほどまでに精緻な会話を展開することはできなかったでしょう」と語る牛田准教授の指導のもと、「AIオンライン服薬指導システム」による第1回の授業がはじまりました。この授業の目的は、薬剤師役の学生が患者と会話しながら、在宅医療をはじめる患者の想いを確認し、最善の治療方針を立てることです。

数人ずつのグループに分かれた学生がシステムを起動させると、画面には患者役の「名城幸男さん」というアバターが現れました。幸男さんは78歳で、2年前に前立腺がんと診断された患者さん。痛みはあるけれど、麻薬性鎮痛薬の使用を拒否しているという設定です。

ヘッドフォンをつけた学生がアバターの幸男さんに「こんにちは。今日は在宅での治療方針について確認させてください。よろしくお願いします」と話しかけると、幸男さんは少々硬い表情で「よろしく」と答えます。会話の内容はモニター上に文字で表示されるので、ヘッドフォンをつけていない学生も流れを把握できます。杓子定規な問いかけだけでは、「そうだねぇ…」と気のない返事を返すばかりの幸男さん。1回目のトライで、患者の本音を聞き出すことの難しさを体感した学生たちは、次の作戦を議論し再度挑戦します。

WHAT WE LEARNED #02

患者の心に寄り添いながら本音に迫る

今度は、「最近、どこかに出かけましたか?」といった世間話をはさみながら質問をしてみると、幸男さんの表情が少しずつ和らぎはじめ、「この間、孫と散歩に行きましたよ」などと答えてくれるようになっていきます。そこで、すかさず「これからも元気に散歩できるといいですね」と学生が答えつつ薬の効能へと会話を導いていくと、1回目のトライでは薬の使用に消極的だった幸男さんが「それなら薬を試してみるかなぁ…」と表情を和らげながら、徐々にポジティブな言葉を発するようになっていきます。

WHAT WE LEARNED #03

繰り返すことでコミュニケーションスキルが向上

アバターとの会話は、どれくらい心に寄り添えたかなどが判定され4段階で評価されます。表面的な会話で終わってしまったと判断された場合はグレード1、そこから2、3、4とグレードを上げていくことは至難の技です。
授業中、時折歓声を上げつつ幸男さんとの会話に悪戦苦闘していた学生たちは、「こんなにリアルな会話ができるとは思っていなかった」「幸男さんの心を開くのに苦心した」と目を輝かせつつ、患者様の心に寄り添う難しさを改めて実感したようです。

会話終了後には「良かった点?改善点」といった具体的な総合評価に加えて、確認すべき必須項目を押さえることができているか、伝える力と聞く力の観点から細目が表示され、達成度を判定してくれます。この結果を受け、自分に足りなかった点、改善すべき点を把握して次に活かす。これを繰り返すことで、学生のコミュニケーション能力を向上させることができるのだそう。

NEXT STEP

可能性が広がる教育DXとしての未来

今後、AIアバターには様々な年齢層、性別、病状の人を加えていく予定です。また、好きな時間に自学自習できるよう、環境整備も進んでいます。
牛田准教授は、「今後は、対話の中で必ず確認すべき項目や薬剤の相互作用などに対する評価機能も充実させていきたいですね。ただし、学びはAIだけで完結するものではありません。こうした技術を教育現場にどう位置づけ、どう活用していくかが今後の鍵となります」と、展望を語ります。

システム開発を牽引したNTT ExCパートナーの担当者も「熟練を要する職務?職業における早期の熟練者養成」という社会的なミッションを強く意識していたとのこと。「私たちは、テクノロジーの力によって、誰もが、より深く、より人間的に成長できる社会の実現をめざしています。今回の授業では、学生さんたちがAI患者との対話を通して心に火を灯す瞬間を目の当たりにしました。この経験を活かし、教育現場との共創を続けながら“人を育てるAI”の可能性を広げていきたいと思っています」と話します。

こうしたシステムはお客様との対話が必要な職業であれば、アレンジ次第でどんな職業にも応用できるとのこと。楽しく、実践的に学ぶためのAI技術が、教育の現場に新たな突破口をもたらしてくれそうです。

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