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特集人間中心の社会「Society 5.0」における空間の価値とは?

理工学部社会基盤デザイン工学科

中村 一樹 先生

KAZUKI NAKAMURA

2010年、ユニバーシティカレッジロンドン建設環境学部都市計画学科 PhDで学位授与。土木学会、日本都市計画学会、世界交通学会に所属。現在は、大发体育官网_澳门游戏网站理工学研究科社会環境デザイン工学専攻の准教授として、交通計画?都市デザインを研究。

現代インフラの課題「車依存」

各分野で新たな価値を生み出すとされる「Society 5.0」。都市計画の分野では、サイバー空間を活用した都市インフラの戦略的な整備が、よりQOLの高い暮らしを実現させるのではないかと考えています。高度経済成長を経て設計された今の都市では、「車に依存した社会」が大きな課題となっています。既に車利用は現実空間のインフラ容量を超えており、交通渋滞やCO2排出のような環境問題を解決するためには、技術的開発だけでなく需要の抑制が必要になると言われています。しかし、車に依存するとその抑制は容易ではなく、多くの人々は不便な暮らしを強いられてしまうでしょう。また、高齢化が進み車依存の高齢者が増えることで、移動制約だけでなく運動不足による健康の問題も深刻になります。これに対し、「Society5.0」では、IoTのようなサイバー空間を通して多様なモビリティと都市空間がシームレスに接続する方向に向かうと思います。しかし、この技術開発においても、移動の利便性の向上が重視され、QOLを高める多面的なインフラの整備となるかは疑問です。つまり、私たちは発展した技術の便利さにとらわれて、成熟した社会が必要とする多様な空間の価値を考えづらくなっている、というジレンマに陥っているのではないでしょうか。

「楽しさ」を生み出す歩行空間

車が走りやすそうな簡素な街並みよりも、賑わいがある街並みの方が移動の「楽しさ」を生み出す。

これらの課題を打破する1つの手段として、サイバー空間を活用して「歩きたくなる都市」をコンセプトとした将来ビジョンに関する研究を行っています。歩行空間が整備され、歩く「楽しさ」を実感できる都市には、人間中心の社会を実現する可能性があるのです。移動における心理的な欲求階層は、下から順に「利便性?安全性?快適性?楽しさ」とされています。車は便利ですが、車内の限られたプライベート空間での楽しさを提供するものです。一方で、より幅広い人が利用する公共空間での「楽しさ」は、周辺の空間や人をより感じる「歩行」で体験することができます。それは、ヨーロッパのマルシェのような街並みや人の賑わい、下町の裏通りのような近所の人との交流が、楽しさを感じるアクティビティを生み出しやすいからです。このように、私たちにとって心理的にも健康的にも幸福度が高いポジティブな動機付けが、自発的に脱車依存社会を促すと私は考えます。これは、「Society 5.0」の人間中心の社会というビジョンにも重なる、これからの都市計画において重要なテーマになってくるはずです。

VRで街歩きを楽しむ

大きな社会問題や環境問題を解決する際に大切なのは、目標ベースで逆算しながら対策を考えること。都市デザインでも同じように、まずは理想の都市ビジョンを提示することから具体的な対策を検討します。それに関する研究テーマの1つが、VR(仮想空間)を使った歩行体験での都市評価です。私たちが暮らしている都市空間への評価は、経験をもとに評価されていることがほとんど。車社会に依存した都市で暮らすだけでは、歩行空間における「楽しさ」を知る機会が少ないのです。
そこで、360度カメラで撮影したアジアや欧米を含む国内外の都市をVRで疑似歩行してもらい、日常とは大きく異なる歩行空間を評価する実験を行っています。この評価では、ケーススタディ都市の多様な歩行空間デザインの中で、どの空間デザインの要素がどの心理的欲求に影響を与えるかを比較しました。特に、海外都市ではストリートエッジ(歩道と建物?車道との境界)で多くの違いが見られ、露店や路上活動といった賑わいに関する要素が、「楽しさ」にポジティブに影響するという結果が出ました。一方で、その活動は移動の障害にもなり得えます。心理的階層のベースにある「利便性」にネガティブにも作用しており、ストリートエッジの活動が両面に働くということが分かりました。技術革新が移動のあり方を変えつつある社会の中で、新しい技術と新しい空間デザインをマッチさせることで、「便利さ」と「楽しさ」を合わせ持った新たなストリートを生み出すことができるでしょう。

  • ショッピングモールにて行われたウォーキングイベント。お客さまがVRを使ってさまざまな海外都市の歩行空間を評価している様子。

「Society 5.0」で大切にすべき「楽しさ」

VRで街歩きの楽しさを実感できれば、脱車依存社会の一歩になるかもしれない。

「Society 5.0」では便利さばかりがうたわれがちですが、本来そこには「楽しさ」もあるべきだと私は考えています。私たちの暮らしの中で、いまある街並みをすぐに変えることはできませんが、いつもの街並みにIoTの力でキャラクターを登場させることはできます。歩行の「楽しさ」を創出する最近の実例としては、街を歩きながら実空間と関係づけられたサイバー空間上でアイテムやキャラクターを見つけレベルアップをめざす、というAR(拡張空間)を活用したゲームに注目が集まっています。これらのゲームは、現実の歩行空間にサイバー空間での「楽しさ」を融合させることで、街歩きを促進しています。サイバー空間の中で海外の素敵な街並みを歩くことができるVRや、簡素な道路にCGを映し出すARを駆使すれば、「休日はインドア派」という人や「近所でも車で移動」というような人でも街を歩きたくなるかもしれません。IoTは、いまある歩行空間にさらなる「楽しさ」を与えるツールとなり得るのです。このように、インフラに新たな情報技術を投入することで「脱車依存社会」が実現する日も遠くないでしょう。脱車依存とは、車を全否定するのでは無く、モビリティの選択肢を増やし、歩行と共存する社会を目指すものです。歩くのが楽しくなる空間を知っているか知らないかでは、移動の満足度が全く異なってきます。VRを使った多様な空間の体験は、私たちに移動の新たな価値観を気づかせてくれます。インフラや移動手段が便利になる「Society 5.0」で、人間にとっての「楽しさ」が存在することこそ、人間中心の社会と言えるでしょう。