特設サイト第94回 漢方処方解説(49)麻杏甘石湯

今回、ご紹介する処方は、麻杏甘石湯(まきょうかんせきとう)です。
漢方処方の名称は、葛根湯や小柴胡湯などのように主薬である生薬名(葛根や柴胡など)を冠するものや、小青竜湯や白虎湯などのように中国の神話にある四神(青竜、白虎、朱雀、玄武)に由来するもの、さらに八味地黄丸や六君子湯などのように構成生薬の数をあらわすものなどがありますが、芍薬甘草湯や本処方などのように構成生薬をすべて処方名に頂くものがあります。そのため、どういう生薬が配合されているのかわかりやすく、本処方の構成生薬も麻黄(まおう)、杏仁(きょうにん)、甘草(かんぞう)、石膏(せっこう)の4種であるとわかります。

麻杏甘石湯

麻杏甘石湯

麻黄は、感冒に用いられる処方によく配合され、マオウ科植物の地上茎を用いる生薬で、気管支拡張作用をもつエフェドリンやプソイドエフェドリンといった化合物を含みます。これらの化合物は交感神経系や中枢神経興奮作用をもつため、世界ドーピング防止機構(WADA)により、競技会時に禁止される興奮薬にリストアップされていることもよく知られるようになってきました。

杏仁は、バラ科アンズやホンアンズの種子を用いる生薬で、アミグダリンという鎮咳成分を含有します。杏仁は、薬用だけでなく、食用としても流通し、いわゆるスイーツの「杏仁豆腐」の材料にもなっていますが、その「読み」はあくまでも「きょうにん」であり、「あんにん」ではありません。

甘草は、このコラムでもよく出てくる生薬で、漢方エキス製剤の7割超の処方に配合され、抗炎症作用や抗アレルギー作用など多彩な作用を示す傍らで、偽アルドステロン症という副作用にも関わることが知られ、漢方エキス製剤の重複服用時には注意の必要な生薬です。

そして、石膏は解熱作用や抗炎症作用をもつと言われる鉱物生薬であり、成分的には硫酸カルシウムが主です。

本処方は、気管支炎や気管支ぜんそくに用いる処方の一つであり、五虎湯(ごことう)や神秘湯(しんぴとう)、小青竜湯などと類似した処方です。しかしながら、同じように麻黄が配合されても、葛根湯や麻黄湯とは少し性質が異なると言われており、例えば、麻黄湯では麻黄の発汗、解熱、抗炎症作用が主に表現される処方ですが、その麻黄湯に配合される桂皮を石膏に置き換えた処方である本処方では気管支拡張作用や鎮咳去痰作用が主となります。

このように、一つの生薬が入れ替わったことで、処方の作用が変化するのはとても興味深いことです。桂皮は、ご存じのようにシナモンとしても用いられる生薬で、身体を温め、発汗させ、解熱作用をもつ生薬です。一方、石膏は、肌のほてりや炎症をとり、体内の熱をとり、渇きを止める作用をもつとされます。また、直接的ではないものの、肺の炎症を鎮め、咳を治すとも言われています。

麻黄と桂皮、麻黄と石膏の組み合わせがこのように処方の性格を変えてしまうことについては、まだ科学的に明らかにされていません。
「よくわかっていないけれど、確かにそういった効果がある」ということは、漢方薬の作用には頻繁にあります。それらの現象はとても不思議ですし、その謎を解き明かしてみたいと思うことが私の研究の原動力となっています。

(2023年1月20日)

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